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2021/06/27(Sun)

Too fool - 20:17

コストパフォーマンス、略してコスパ。コスパのいい人生とは何だろうか。

字義とその来歴から最大公約数的な定義を確認すれば、労あるいは犠牲を少なく大きな便益を得るということになろう。前日の一夜漬けだけで試験に合格することがコスパがいいということであり、逆につまらない万引きで将来を棒に振る、というのはコスパが極めて悪い行為といえよう。だがそれだけでは玉葱の皮を1枚剥いたにすぎず、突き詰めていくと果たして人生における労とはそして便益とはという問題が必ず付きまとってくる。コスパ追求の継続が、時にコスパの向上そのものを以て便益なさしめる転倒症状をも引き起こすのは、人生の便益の追求というテーマがあまりに重すぎるが故の逃避という考え方もできる。

年長の親類が痛風を発症したと聞いた。病の因果が巷間いわれている通り積年の不摂生によるものであるのならば、患者には一定の後悔ややり場のない怨恨はあるにせよ、一方で自らを振り返っての諦念があるだろう。しかし、この病は単なる現世の因果ではなく、それを超えた因果をも含んでいると言われている。つまり、発症確率には遺伝的要素も大いに関係しているというのである。個人が生まれ持った遺伝的身体的特性と、生活嗜好特に飲酒趣味の度合いと、さらには寿命の組み合わせで、ある種の人間は痛風を発症する。全く同じか、それ以上に放蕩を極めた生活をしていても、一生痛風とは無縁の人間がいるにもかかわらず、である。

さて、もし自分の人生の延長線上に痛風というイベントが高確率で待ち受けていることが分かったら人はどうするだろうか。身体的特性と寿命は変えられず、発症を回避したければ生活を変えるしかない。ここで当初の命題に行きつく。痛風症状が極度のマイナスの便益であるとするならば、この道程へと連なっていく目の前のビール一杯は、やはりコスパが悪いのだろうか。

脅しのような情報の波にさらされて、ノンアルコールビールを買って飲んでみた。ビールなど元より酔うために飲んでいたわけではないので、アルコールの有無は問題ない。しかし中身は、と飲んでみたところ近年の著しい技術革新の結果か風味においても既に純正のビールと大差ないとの評価。価格も安く、これはいわゆるコスパ最強なのでは。パッケージには「糖質ゼロ、プリン体ゼロ、アルコールゼロ」とある。つまり完全なる無。私の人生はこの無を呑み干すたびにコスパが向上していく。コスパを向上させるためにスーパーで金を払って無を買う人生。吹き抜ける風に痛みを感じるのとどちらがよいか。